語り部通信

周作クラブ会報 「からだ」番記者レポートF

京都に、おでん食べに行かんか。

 

遠藤さんは、ときどき謎かけめいた電話をかけてくる。たとえば、
「京都に、おでん食べに行かんか?」
「はい、おともします」
「来週○曜日○時、京都ホテルで」
早速、編集長に「遠藤先生と打ち合わせです」と出張届けを出す。

京都ホテルのロビー、「こっちだ、こっち」と遠藤さんの声。約束の時間より20分早い。すぐタクシーを拾う。「南座までやってください」
〈おでんを食べる〉と聞いていた私は、〈南座で、おでん?〉と内心困惑しながら、できるだけ平静を装う。十二月の南座は吉例顔見世興行で、まねき(看板)には、勧進帳で弁慶を演ずるいちかわ中村吉衛門の名も見える。特別観覧室に案内されて、私も歌舞伎見物のお相伴にあずかった。圧巻は吉衛門弁慶の見事な「飛び六方」だった。歌舞伎を堪能したあと、鴨川沿いにタクシーを走らせ、遠藤さん馴染の料理屋に到着。遠藤さんのおごりで、本命のおでんを「ゴチ」になる。〈これだから、編集者はやめられん〉
京都ホテル一階のラウンジで、食後のコーヒー。ロビーの方を気にしていた遠藤さんが、突然、声を上げた。「吉衛門さん、こちらですよ」
中村吉衛門丈が笑顔で振り向き、こちらにやってくる。飲み物を勧めて、しばらく歓談したあと、遠藤さんの発案で、とんでもないことが始まった。

吉衛門丈に〈気を付け〉姿勢をお願いし、左右の肩の高さを見比べる。左の肩がほんの少し下がっていた。すると、遠藤さんが、私の耳元で言う。
「ほら、あれをやってみたまえ」
 その数カ月前、健康雑誌の〈噛み合せ矯正〉対談で、左側で片噛みする習慣が「右肩下がり」を招く話が出た。噛み合せの高さをマウスピースで調整する方法で、たとえば肩が下がっている側の歯で〈割り箸〉を強く噛み、両肩を上下に動かすと、両肩の高さが同じになる実験も行った。それを、天下の歌舞伎役者にやれ、というのだ。
「面白い、やってみましょう」
早速、割り箸を左の歯で噛み、両肩を上下に振ってもらう。そして、 「左右(高さ)が同じなりましたよ」
「不思議なことがあるものですね」

 

冷や汗と脂汗が、同時に流れ落ちた。